鬱病6年目の生活。病気のこと、日常を綴っています。 

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うつ病発症までの経過 (最終回)

こんにちは。
今日の仙台は寒いです。
現時点、日差しがあるのに6℃です。


さて、お話の続き…


義両親との話し合いの結果、仕事を辞める事を選んだのです。
私の場合は結果として「良い方向」に変わりました。
本などでは「退職は最終手段」とか書かれていましたが…
やっぱり、個人の状況によると思います。


仕事を辞めて変わった事は義両親との間から仕事の関係が
なくなった事。
これが一番、良かった事だと今では思います。


皮肉にも仕事を辞めても体調が回復しなかったことで、
義両親にも「少しだけど鬱病への理解」をしてもらえるように
なった事。
もし、強引に仕事を続けていたら無かった事だと思います。


なべ酒造が鬱病になった経緯としてはこのような感じです。
多分「プレッシャーに押しつぶされたのが原因」と考えています。
もう少し言えば、自分で自分を追い込んだ。
と言えばいいのですかね。


早く仕事を覚えなくてはならない…
義両親の期待に応えなくてはいけない…
迷惑をかけてはいけない…などなど。
考えたらいくらでも思いつくくらいです。


「たら」「れば」「もし」を考えてもキリがないです。
正直言って、後悔はあります。
自分で選んだ道なのに挫折した事を。


あと当時は「義両親を嫌な人」とまで思っていました。
自分を理解してくれない、病気を理解してくれない。
でも、ホントは励ましていてくれていたんですけどね。


ですが、今は義両親とも良い関係を続けています。
むしろ、お世話になっているくらいです。
顔を合わせると「調子はどうなの?」とか心配してくれます。


そして現在、私には仕事の事は一切話をしません。
多分、話せば「私が気にするから」ってことを考えているからだと
思います。


なんか、最後はまとまりのない文章になりましたが、
改めて過去を振り返ると色々とありました。
頑張りすぎてもダメ、手を抜きすぎてもダメ。


そして「いつ誰が、鬱病になるか分からない」ってこと。


たまたま、今回の話では私が偶然、鬱病になりました。
でも、私が仕事で足を引っ張っているせいで、
義父が酷く悩み「鬱病」になっていたかもしれないってことです。


一応、なべ酒造の「うつ病発症までの経過」の話は
この回で最終回です。
長々と、お付き合い有難うございました<(_ _)>



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うつ病発症までの経過 6

こんにちは。
お昼は妻の手作りグラタンでした。
美味しかったし、満腹です。


さて、お話の続きですね。。。


「うつ病」と診断されてからも数カ月は働いていました。
ただし、体調と思考回路は最悪でしたね。
ハッキリ言って仕事になりませんでした。


計算は出来ないし、加工手順も考えられない、ミスはする。
この悪循環でした。
図面まで読む事が出来なくなりました。


この仕事は図面が理解できなければ仕事になりません。
簡単に言えば模型を作るのに設計図が読めない訳です。
そしたら模型は完成しませんよね?
まさしく、そんな状態でした。。。


ここまできて「ホントに限界だ」と思いました。


体調は良くならないし、仕事はほとんど出来ない状態。
状況を説明しても義両親には理解もしてもらえませんでした。
「頑張れば大丈夫」「病院を変えてみろ」など。。。


この時期は「死ぬ事」しか考えられなくなっていました。
「生命保険に加入しているし、自分が死んでも保険金がある。
無理して生きる必要がないんだ。」

こんな事を連日、妻に行っていたような気がします。
(いま思えば、こんな事を毎日のように聞いていた妻には
悪い事をしたなぁと思っています。)


それまでは早退や欠勤を繰り返していたのですが、ある日、
義父から「これじゃぁ、仕事にならない。続けるか辞めるか決めろ。」
と言われました。
そして「続けるなら絶対に仕事は休むな。」と。


しばらく休職して考える時間を貰いました。
結論は「仕事を辞める」でした。
これ以上は義両親に迷惑をかけられないし、仕事を継続していくことが
無理だと感じたからです。


そして決められた期日の日「仕事を辞める」という考えを
伝えました。
義両親は、何も言わず「分かった。早く治療に専念しろ。」と
一言だけ言いました。


でも、この日から義両親の態度は変わりました。
仕事上の関係から、義理の親と義理の息子という関係に
なったからです。。。



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うつ病発症までの経過 5

こんばんは。
左足親指が骨折中のなべ酒造です。
なかなか腫れがひきません。


さて、お話の続きになります。


自己診断や感情、体調にまで異変が出てきたのです。
それまでは一人で通院していましたが、状況が状況なだけに
妻も同伴するようになりました。


先生に状況の変化や自傷行為をするようになった事など、
今までになかった行動が出てきた事を伝えました。
そして病名が「自律神経失調症」が「うつ病」変わったのです。


本当にショックでした。


皆さんが思う事だと思いますが「まさか自分が…」
っていう感覚でした。



でも、仕事は投薬治療をしながら続けました。
休職をすること、辞める事が許されなかったからです。
なんて言えばいいのでしょうか…


義両親は職人さんって感じなので「薬を飲んでいるのなら大丈夫。」
みたいな感覚だったのだと思います。
簡単に言えば「病気をなかなか理解してもらえなかった。」
と思ってもらえればいいかと思います。


そして、私の自傷行為(手首ではなく腕でした。)もハサミや刃物など、
酷くなる一方でしたね。
もちろん、体調もすぐには改善するはずもなく苦しみました。


仕事に行くのが辛く、嘔吐や頭痛などの体調の変化が酷くなり、
ボロボロと泣いた日も数えきれないくらいでした。
泣きながら「仕事をませてくれ」と電話した日も沢山あります。


でも「薬を飲んでいるんだろ」とか「死ぬ気でやれば…」とか
「がんばりなさい」とか、自分ではどうしようもない事を
沢山言われた記憶があります。
だって、これ以上、何を頑張ればいいのか分からなかった。


正直、辛かったです。


本当に、このまま理解してもらえないのだろうか。と
真剣に考えました。
病気を理解してもらうためには「死ぬしかないのか」とか。
完全に「どん底」にいた気分でしたね。


このまま、安定剤、抗鬱剤を服用しながらの仕事が
しばらく続く事になります。。。



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うつ病発症までの経過 4

おはようございます。
寒い日が続いておりますね…


なべ酒造が「自律神経失調症」である事が知られることになった
のですが、私に対する態度には変化はありませんでした。
「叱咤激励」「やる気があれば大丈夫」など…


一番きつかった一言がありました。


義母の「死ぬ気でやれば体調なんて関係ない」です。


多分、この一言で「何か」が崩れたと思います。
あまりにも朝の体調が悪い時「休みたい」と電話したところ
「やる気がないのか?」という返事。


私からしてみたら、やる気は当然ありました。
ただ、身体がついていかないのです。
そこで、その一言ですから精神的にダメージがきました。


当然、仕事を休むことは出来ず車で職場に向かう訳ですが、
「死ぬ気でやれば…」の一言が頭をグルグル回るのです。
じゃあ、事故でも起こせば休ませてもらえるのか?
なんて事を幾度も考えました。


この頃から「うつ病」の兆候があったのかもしれません。
日に日に体調は悪くなっていく一方。
でも、理解はしてもらえない…


このような状況がしばらく続きます。
そして、ある日「早退」をお願いしたのです。
「やる気がないなら帰っていい」って言われましたね。
その時は、本当に具合が悪く運転するのがギリギリの状態。
「どう思われてもいい」と思いながら帰宅しました。


今思えば「日内変動」が始まっていたのかもしれません。
朝は、体調が最悪。
午後になれば、少しだけれど体調が回復する状態でした。


ここから妻と「うつ病」を疑うようになりました。
もちろん、知識はなかったのでネットで自己診断をする程度。
結果は…


「うつ病です。医師の診断をお勧めします。」


でした。。。
色々な自己診断を試しましたが、どれも結果は同じでした。


この頃から自傷行為や朝に起きれない。壁を殴る、自分を殴る
などの行動。
死にたいという感情が出てくるようになりました。



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うつ病発症までの経過 3

こんにちは。
今日の仙台は今にも雨が降りそうな曇り空です。


なべ酒造の「うつ病発症までの経過 3」です。
前回は私が自律神経失調症になったところまで書きました。
今日は、その続きを書こうかと思います。


とりあえず、病気の事は義両親には黙っていました。
体調が悪いのを我慢し続けて、ごまかしながら働いていました。
この状態が数カ月続きます。。。


そして限界がきました。
働いている最中に「嘔吐」してしまったんです。
目の前で嘔吐した訳ではないのですが、突然に外へ出て
嘔吐した訳です。


相手も突然の事で驚いていました。
「体調悪いのか?」
と質問されましたが、その時は曖昧な答えをしてました。


もちろん、そのあとも体調が良くなる事はなく、
妻へ連絡が行きました。
「最近、おかしいけど身体でも壊したのか?」みたいなこと
だったと思います。


そこで初めて「自律神経失調症」になっている事を告白。


でも、ここから問題が発生します。
義理両親は「薬を飲んでいるなら大丈夫だ!」
って感じでした。


つまり、朝の体調や仕事中の体調がいくら悪くても
「働きなさい」「死ぬ気で働けば、それくらい平気だ」
という風に言われたのです。


ここから徐々に「うつ病」への道へ進んでいきます。。。



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なべ酒造

Author:なべ酒造
性  別:男
年  齢:37歳
血液型:A型
家  族:嫁・娘・息子
生息地:宮城県

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